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Wii用ゲームソフト・戦国無双3の感想のページ

明智光秀の章
光秀

戦国時代を語るうえで、外せないのが明智光秀。
戦国最大の事件とも呼べる「本能寺の変」を引き起こした人物であります。

••第一話:長篠の戦い(光秀47才頃)
光秀は若いころ、斎藤道三に仕え、道三死後は諸国をわたり歩き、また朝廷とも結びつきが強かったといわれています。
そして、将軍・足利義昭 とともに織田家を訪れ、のちに織田家の家臣となりました。
非常に優秀であり、織田家重臣として活躍。そんな織田家での地位を築いていた頃からスタートです。

舞台は「長篠」
三段打ちで有名な戦いです。このときの大量の鉄砲の調達に光秀も奔走していたといいます。
ゲーム序盤では 家康 と行動を共にし、秀吉 との絡みも少しありましたね。


第一章ですが47歳でのスタートです。こんな若い青年ではありませんよ^^。おじさん設定でもおかしくない年齢です。

••第二話:木津川口の戦い(光秀50才頃)
元親
四国の長宗我部元親が登場です。
「どうということはない。足が潮に濡れるだけだ。」

明智光秀の家臣・斎藤利三の妹が、元親の正妻であり、光秀が織田家・長宗我部家の間の取次としての役目をしていましたから、元親にとって織田家で一番近い人物は光秀であったと思われます。
毛利 と 秀吉 との関係と同じですね。
斎藤利三 は光秀配下の武将として戦ってますので、戦場で見かけたら回復してあげてくださいね^^

そんな盟友(?)との共闘です。あいかわらず秀吉は早々に退却。

信長の「雑賀衆のせん滅」に対し
「信長さま…それはあまりに…むごい」
と優しさを見せます。


第三話:本能寺の変(光秀54才頃)

54歳と立派なおじさまになった光秀は、ここで大事件を起こします。
信長

天下に並ぶものなく、強大な勢力を誇っていた織田信長に対し、「謀反」を起こします。
それが「本能寺の変」です。これによりまた戦国が騒然とした時代にもどります。
光秀 が謀反した理由として、信長からいじめられていたからとか、朝廷と共謀したとか言われています。

個人的には「家康」との共謀説を取りますかね。
家康も信長の脅威を感じていたでしょうし、光秀がすぐに敗北しなければ光秀・家康の連携もあり得たと思います。

もし光秀が信長を倒していなかったら…。というIfもありますが、信長の苛烈なやり方への行き詰まりは多くの将が感じていたことでもあったかもしれません。
天下を取るためには、秀吉のような懐柔策をとらなければ成し遂げられなかったと思います。

まぁそんなこんなで盟友・元親と本能寺に攻め入るのですが(本来はもちろん元親はいませんよ)
「俺は東から本堂を攻める」と楽なルートを選んだ元親ですが、ゆっくりしていると濃姫にやられちゃうので気を付けてくださいね^^

••第四話:山崎の戦い(光秀54才頃)
みごと信長を打ち取った光秀は、中国から猛スピードで返ってきた秀吉と、淀川のほとりの山崎で戦いに挑みます。
信長を倒した後の光秀は働きづめで心身が弱っていたと思います。
出足が遅れ、要衝である天王山を 秀吉軍 に取られます。ゲームもここから始まります。

実際は 秀吉軍 に押し切られ、敗走中に農民に殺されてしまいます。
そんな悲しい定めから逃れるべく、戦わないといけません。とどまることは許されないのです。
「すすまねばならない…。あのお方のためにも!」

羽柴軍の面々と、我らが明智軍の顔触れは比べてはいけません…。

元親と連携し、船でのワープを披露してくれます。
その後、元親さまは易々と敵の罠にひっかかりますが…。「油断した…」ではないでしょう!
しかも章のおわりに、元親は奇襲の怪我で死んでしまいます。

「元親殿… あなたとともに明智光秀という男も死んだのです…」

え?そうなん?!

••第五話:関ヶ原の戦い(光秀72才頃)
おおっと、第五章は関ヶ原ですか。

世捨て人となった光秀のもとに家康が訪れる。というムービーから始まります。
そうきたかぁ と思う人も、え??? という人もいたと思います。

じつは 光秀 は農民に殺されずに僧侶となり、徳川家康 のもとで名を変え「南光坊天海」として生きていたという説があります。
南光坊天海 は徳川において大きな力を持ち、家康 を祀った日光東照宮にも桔梗の紋(光秀の紋と同じ)があったり、明智平という地名が存在していたり、なかなかおもしろい説です。

そんな仮説をもとにした第五章ということになります。^

苦悩の末、恩ある信長を討ってしまった光秀が今から豊臣を討たねばならないと苦悩している家康を後押しします。
かつて悩んでいるときに後押ししてくれた元親に自分を重ねるように。

72歳ですからね~。さすがに戦場は厳しいでしょ^
その後、南光坊天海 が 光秀 であれば108歳まで生きていたことになります。


光秀 は本能寺の変により、その人生を、また日本の歴史を大きく狂わせることになりました。
苛烈に戦国を切り開いた男には、それ相応の世間の反発の一つの表れだったのかもしれません。

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