Wii用ゲームソフト・戦国無双3の感想のページ

「加藤清正の章」
清正
•第一話:賤ヶ岳の戦い(清正21才頃)
秀吉子飼いの武将として有名な 加藤清正。彼の武勇のなかでも華やかな「賤ヶ岳の戦い」。
主君・羽柴秀吉 と 柴田勝家 が対立したこの戦いで一番の活躍を見せ 3000万石 の褒美を与えられています。

この戦の前のムービーで石田三成・福島正則とのからみが見られます。
実際三人とも秀吉の天下のために働いていたのでしょう。
戦国無双3では福島正則はかなりの目玉キャラであるが、いいかんじのキャラになっていますね。
正則福島正則
•第二話:小牧長久手の戦い(清正22才頃)
ここでも三成・正則とのからみあり。島左近 から「おおばか」と称されます。
清正 は三人のなかで一番普通な性格です。意固地という設定になってるが、知力もあり武勇もあり、実際政治能力もあった。かなり優秀でまともな人物だったのでしょう。
三成石田三成

•第三話:九州征伐(清正24才頃)
ほとんどセリフなし。千代にむかって「なんだこいつ」と言い放ちます。

こののち清正は肥後半国を領し、名城「熊本城」を建てます。
残念ながら西南戦争で焼け落ちてしまったが、武者返しといわれる石垣は見事ですよね。
清正は城普請の名人としても知られ、ほかにも数々の城造りに携わっています。

•第四話:石垣原の戦い(清正38才頃)
実際 この戦いの前に二度の 朝鮮出兵 があるのだが、いつもどうりそこはスルー。
このあたりから 三成ら文治派 と対立を深めていくのだが…。

ゲーム中でも 三成 との方針の違いを見せます。
ともに 豊臣(おれたちの家)を守りたいという気持ちではあるが、清正 は「家康 と戦っては 豊臣 がつぶれるだけだ」と
家康側 につくことを決めます。
無双武将では西軍側が多い中、清正 が 豊臣恩顧 の武将でありながら 家康 に味方するという重要な役割を演じているんですよね。

•第五話:大阪の陣(清正死後4年(53才)頃)
結局、徳川 の世になり 豊臣 は苦境に立たされることになりますが、清正 が生きている間はなんとか両者を取り持っていました。
秀頼・家康の二条城での会見を実現するなど和解にむけ努力していましたが、清正死後、一気に緊張が高まります。

官兵衛
ムービー中に 黒田官兵衛 に「卿ら(三成と清正)が袂を分かたなければ、豊臣は滅びなかった」と言われてしまうのも、ごもっとな意見です。
実際、豊臣家臣団が一枚岩であれば関ヶ原は起こらなかったかもしれないですね。

たとえ間違いであったとしても俺たちの家を守るためにもう一度戦場に立つ清正。
生きていればそうであったかもしれないです。

ちなみに服装のトラ柄は 幼名「虎之助」や朝鮮で虎退治をしたところから来ているのでしょう。
オーソドックスで使いやすいキャラでした。

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