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Wii用ゲームソフト・戦国無双3の感想のページ

石田三成の章
三成

••第一話:賤ヶ岳の戦い(三成23才頃)
石田三成。秀吉子飼いの将の一人。
幼名・佐吉。
秀吉に才能を見出された「三杯の茶」の逸話は有名ですね。

「石田三成の章」では、信長が明智光秀の謀反にあい、その明智光秀を秀吉が倒した後からスタートです。

加藤清正の章」の時と同じく賤ヶ岳に馬を走らせるムービーです。
しかしせっかくのオープニングなんだから清正と少しは変えてほしかったというのが本音です…。

ちなみに、三成清正より2歳・福島正則の1歳お兄さんですね。

••第二話:小牧長久手の戦い(三成24才頃)
柴田勝家を破り、次に徳川家康と小牧・長久手の地にてにらみ合います。

またしても清正と同じムービー。
「いいか皆、敵はあの家康。兵力に勝っても出過ぎるな。やつは野戦にたける。」
「出すぎたバカは必ず転ぶ。自重せよ!(どーん)」
さすが三成。カッコイイですね。
島左近より「おおばか」と称されます。

あと清正が言っていた「相手は信雄を擁し、大儀も得ている」
これは信長の二男・信雄の話です。

信長の後継者でもある彼にしてみれば、秀吉が天下人へ進んでいくのが面白くないわけです。
また秀吉から見れば、主君の子を攻める戦になってしまいますね。詳しくはここをご覧になってください。参考にさせていただいているページです。

三成の章では、羽柴秀次・森長可らが岡崎城には突っ込まないんですね。賤ヶ岳でもそうでしたが、微妙に変えてるんですよね。なぜか。

余談ですが、この戦いの敵方として佐々成政が登場します。
史実では成政は越中(富山)にいて、無念にも戦うことができなかったのですが、ゲーム中ではしっかりアルプスを越えて参戦してくれています。

••第三話:忍城攻め(三成30才頃)
北条家を攻めたとき、三成が総大将を務めた「忍城攻め」です。

秀吉様の命令により水攻めを仕掛けるのですが…。
残念ながら失敗に終わり、自軍に被害が出るという始末。
「三成って戦はできねぇな~」という悪いなイメージを周りに与えてしまいます。

「いやあれは秀吉様の命令だったんだよ~」といういいわけもしません。

そうやって秀吉様を支え、守り、汚れ役をやっていたのが三成であったのでしょう。
(いい方への解釈にはなりますが)

この章で島左近を家臣に迎えますね。俸禄の半分を与えてまで召抱えたと言われています。

三成「北条氏康。往生際が悪すぎるぞ」
氏康「往生際がよけりゃあ、とうの昔に死んでるぜ」
えぇ。実際ならとうの昔に死んでますもんね。

••第四話:抗瀬川の戦い(三成39才頃)
秀吉様がなくなってしまい、世が混沌としてきます。

豊臣の世(豊臣主導の世)を守ろうとする三成。そして徳川の下で豊臣の生き残りを模索する清正

親友であった清正(ゲーム中のみ?)と対立することになっってしまった三成。

第四章は関が原の前哨戦であった抗瀬川の戦いです。

三成率いる西軍が東軍に奇襲をかけ、完勝。
西軍の士気は大いに上がった。という戦いだったのですが…、今回は乱戦ですね。

高い金を払って召抱えた島左近の策だったはずですが…
左近「奇襲を仕掛けたつもりが敵の対応が早く乱戦になっちまいましたね」
左近


完全作戦失敗じゃないですか!あんたそれでも軍師ですか?? ほんとしっかりしてくださいよ><

••第五話:関が原の戦い(三成40才頃)
いよいよ関が原です。

敵には加藤清正(ほんとはいないけど)・福島正則もいます。
霧によってマップが見えないステージ。実際、朝は霧が濃かったといわれています。
時間経過で晴れるのかと思いきや、大きなたいまつを守る武将を倒さないと晴れないというオチ。
島津義弘もいないしさ…
しかも、即座に小早川秀秋が裏切る…。そこの駆け引きはないみたい。残念。
三成「秀吉様の甥が…」と嘆きます。

戦国無双2では、関が原の戦いは史実をそのまま再現した感じで好きでしたけどね。今回は違うみたいです。

対家康。というより対清正というストーリーですね。
清正加藤清正

エンディングも清正がいなくて寂しいという内容でした。
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