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Wii用ゲームソフト・戦国無双3の感想・解説のページ

伊達政宗の章
政宗

奥州の覇者・伊達政宗。
18歳で家督を継ぎ、若くして奥州を制圧。大大名にのし上がりました。
それだけ平たんではない人生でしたが。


政宗と言えば、黒の甲冑と、三日月の兜ですね。
このセンスの良さはさすがですね。

••第一話:上田城の戦い(政宗19才頃)
政宗が家督を継いだ翌年。
政宗 の父・輝宗 は降伏するそぶりをみせた二本松城主・畠山義継によって拉致されてしまいます。
(義継の思い違いから起こってしまった事件という書かれ方が多いですね)
それを知った政宗はあわてて追いかけますが…。

父を人質に取られ、手が出せない政宗に対し、
輝宗は「自分もろとも義継を討て!」と言います。

そして政宗の号令により鉄砲の射撃で輝宗は亡くなってしまいます。

その同年に起こった上田城での戦に登場。というスタートですね。
(まぁ当然こんな所にはいないですが)
なぜここに登場させようと思ったのかは謎ですねぇ。

••第二話:小田原征伐(政宗24才頃)
政宗が奥州を制圧したころ、秀吉の天下に従わないのは、伊達と北条のみでした。
秀吉

その北条の本拠地・小田原城を攻める戦を全国の大名に命じます。

政宗も小田原に参陣しようとしますが…。

直前に母・義姫 が 兄の 最上義光 と結んで、政宗を暗殺し、弟の小次郎を擁立しようとする計画が発覚します。
その結果、弟を斬り、母を追放とすることになります。

そうして、小田原には遅れて参陣することになってしまいます。

「あと少し遅くばその首が飛んでおった」と秀吉に言われるぐらいの状況でしたが、なんとか切り抜けた政宗でした。

ムービー中で 北条氏康 が 政宗の母 についても言ってましたね。
直江兼続が上田城に参戦していたことを「その武者、勇敢にて後ろ姿しか見ておりませぬ」とかばってくれてましたが、そもそも参戦してないので、完全に仮想ですね。

••第三話:葛西大崎一揆(政宗24才頃)
政宗は小田原征伐に間に合いましたが、東北の大名の 葛西晴信・大崎義隆 は小田原に参陣できませんでした。

そのため、葛西・大崎は所領没収されています。その残党に対する秀吉の仕置きにあたる戦いです。

政宗は一揆の扇動をしたと疑われます。ムービーでも描かれた場面ですね。
しかし、政宗 は白装束に身を包み、金の十字架を背負い身の潔白をアピールしたといいます。

また、証拠として出てきた書状には政宗の花押が入ってたのですが、
「セキレイの眼に穴が開いていない。私は穴を空けている。すなわちそれは偽物だ」と言い逃れ、またしても切り抜けた政宗でした。

政宗は発覚したときの為にわざと穴をあけなかったという話も聞いたことがありますね。

••第四話:三成救出戦(政宗33才頃)

天下の中身に見ることにした政宗は、兼続 に恩を返すため 三成救出 を手助けします。

「世界を広く見よ!」やら海外に眼を向けていた政宗らしい発言がでてくるようになってますね。

••第五話:長谷堂の戦い(政宗34才頃)
関ヶ原と同時期に起こった長谷堂での戦い・兼続との戦いですね。

前作では、「利に群がる犬め!」と「義。義。とうるさい奴め!」という罵りあいでしたが、今回はさっぱりしてますね。
なんだかキャラが薄くなったように感じます。ちょっと残念。

家康についたのは、「利に群がった」よりも「的確に情勢を読んだ」という感じに描かれています。

この後、政宗は外国との貿易の道を探ったり、大坂の陣 の際に外国船とともに一戦しようとしていたなど、野望の一部分をのぞかせたりしますが、大きく反抗するこなく江戸時代を過ごしていくこことなります。

もっと早く生まれていれば…。
秀吉と天下を争い、手にすることも可能だったのかなと思わせてくれる魅力ある人物ですね。

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