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Wii用ゲームソフト・戦国無双3の感想・解説のページ

真田幸村の章
幸村

戦国のヒーロー・真田幸村。本名、源二郎信繁。
赤い鎧に身を包み、颯爽と駆ける「日本一の兵」
ゲームのパッケージにもメインとして描かれる主人公的キャラクター。

ではありますが、実際の戦功は大坂の陣においてのみ。
大坂の陣において、家康を窮地に追い込んだ。この一点において幸村の名は現代にさんさんと輝いているのです

••第一話:三方ヶ原の戦い(幸村5才頃)
幸村はまだ5歳のころ。真田家当主は昌幸の兄・信綱であり、真田家は武田家の配下についていました。

その武田家は上洛を果たすために徳川領に侵攻します。
三方ヶ原の戦いの前哨戦の「一言坂の戦い」。
徳川の偵察隊と武田本体がぶつかったこの戦のムービーから始まります。

左近「もののふってのはなんで生きてるんだと思う?」
幸村「世に、生きざまを示すため」


一言坂で徳川を破り、どんどんと徳川の領地を攻め進んでいきます。
徳川家康 と同盟を結んでいる 織田信長 も 信長包囲網 により援軍を出せない状況でした。
信玄

そうして家康がいる浜松城の前を武田軍は素通りします。

怒った家康は、武田軍の背後を突くことに決めるのですが…。

そこには武田軍が待ち受けていました。

そうして徳川軍は壊滅。家康の身代わりとして家臣が何名か戦死します。

その武士の生きざまをみて、幸村は武士としては徳川の勝利だ!と。

••第二話:上田城の戦い(幸村18才頃)
ここでは「前田慶次」「直江兼続」「伊達政宗」「雑賀孫市」と五人組を結成しますが…。
実際では、幸村は上杉の人質として越後にいました。(残念)

上田城では、昌幸の才能がいかんなく発揮されます。
徳川軍を城の二の丸まで誘い込み、奇襲。
あわてて引いていく徳川軍をせき止めていた川の堰を切り押し流したという「まさか」の一戦でありました。

これいより真田の名が豊臣・徳川に知れ渡ることとなりました。

••第三話:忍城攻め(幸村24才頃)
実際の幸村の初陣です。

無双をしていると忍城攻めは多いですね。全国の大名が参加しているのでしょうがないですが。

••第四話:沼田城の戦い(幸村34才頃)
この辺りから、稲姫との話になってきますね。
稲

沼田城の戦いは 「稲姫の章」 で。

なんか今回の幸村は暗いですね。眼の下もクマが出来てる感じですし。
死に場所を求めてさまよう「もののふ」といった感じでしょうか。

こののち、幸村は父・昌幸とともに九度山に流されてしまします。

••第五話:大坂の陣(幸村48才頃)
いよいよ徳川と豊臣の戦いが始まります。

関ヶ原から14年の年が流れていました。
豊臣が徳川のもとで生きていくことを選んでいたならば、起きることのなかった戦国最後の戦です。

かつて天下を取った豊臣家でしたが、もはや味方してくれる大名もいません。
牢人衆を集めて、その数10万。とんでもない財力です。
しかし力のある家臣もおらず、実質淀殿が支配をしている弱い体制でありました。

その大坂城にはせ参じた人の中に、真田幸村もいました。

真田が大坂城に入ったと家康がきいたとき、
それは父か子かと聞き、幸村とわかると安堵したそうです。

恐れていたのは昌幸であって、幸村は無名でありました。

しかし幸村の造った出城「真田丸」により徳川軍をさんざんに翻弄します。

しかし、徳川軍の大砲による攻撃により、大坂のおなごが怖がり、和議が結ばれてしまいます。

家康はは破格の待遇で幸村を迎えようとしますが、幸村はそれを拒否します。武士の生きざまを示すために。

そうして決戦の夏の陣。「家康の首」を狙った幸村の決死の突撃。
しかし一歩及ばずに幸村は戦死します。

ゲーム中でも味方の武将達が「討死!」していきます。
哀しい最後です。

義姉・稲姫の願いもむなしく敵に突入していきます。
(大河ドラマ・天地人では省略されてましたが)

最後の最後に家康を追い詰めた幸村。
実際、どんな気持ちで戦場に立ったのでしょう。やはり自らの意地や生きざまのためだったのかもれません。

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